韓国小説にハマったきっかけの一冊。
『夜よ、ひらけ』 チョン・ミギョン著/きむ ふな訳
『밤이여, 나뉘어라』 정미경
夜よ、ひらけ (韓国文学ショートショート きむ ふなセレクション 01) [ チョン・ミギョン ]

表紙の可愛さで手に取ったら、想像したのと違った(いい意味)

わたしはこの本がきっかけで、韓国小説を読みあさるようになった。
何がよかったかというと、日本の最近の小説には、なかなかないドライな雰囲気。
話の舞台が、ノルウェーからスウェーデン、ということもあって、北欧の水っけのない、ガサガサ乾燥した雰囲気が最初に醸成されて、というのもあるけれど、それ以上に。
それ以上に、登場人物がみんな、超ドライ。実際にこの人たちいたら、けっこう浮くと思う。でもいそうなんだよなすごく、韓国には。日本だと、こういう登場人物はあんまり出てこないと思う。日本ではリアルさがないから。でも韓国にはいる気がする、韓国だとリアルに読める気がする。
一言で言うと、エモドライ
日本の小説や物語によくある、なんか湿った感じ、登場人物各者の感情のジメジメした感じ、そういう濡れた雰囲気が最初から最後までない。湿度ゼロ。誰かが悲しかったり、泣いたり、叫んだりしているのに、濡れた跡がないのはなんなんだろう。この感じが、すごく韓国っぽい。
去年、ソウルに10ヶ月くらい住んでいて、そこで思った感覚と同じ。韓国と日本は近くて似ているけど、すごく違う。その違うものの一つを自分なりに言語化すると、韓国はドライで日本は湿ってる。
程よくエモくて、でもドライで。エモドライ。韓国ドラマはそこまで詳しくないけど、韓国ドラマの場合は日本的湿っぽさ持ってるのも多い気がする。映像の物語はドラマチックに進むのかな。対して小説は、文章で書かれた物語は、程よい距離感を持って書かれているから、そういう湿っぽさからは一線引いてる感じ。日本語訳も読んだけれど、日本語訳になっていても、原書が持ってる雰囲気はそのまま。
内容を読んでは、ひとは、何か、人でもものでもいいんだけど、何かすごく具体的な、ちゃんと名前のある具体的な目標がないと、生きれないんだな、って。それが苦しいことでも楽しいことでも関係なく。当たり前なことだけど、登場人物たちの生きてるのに生きてない、みたいな時間の悲しさが、人の虚しさ・弱さと一緒に、心にガツンと来た。乾いている分、ストレートに、ガツンと。
色違い装丁も可愛い、きむ ふなセレクション
この本を見つけたのは、新宿紀伊國屋の7階。韓国語コーナーを物色中、装丁が可愛くて手に取った。パウダーピンクの手のひらサイズ。
ハン・ガンの菜食主義者など翻訳している韓日翻訳者、きむ ふなさんセレクションの短編小説シリーズの中の一冊だった。
このシリーズ、右開きから読むと日本語訳、左開きから読むと韓国語原書。なので、韓国語がわからなくても読めるし、韓国語読みながらわからなくなったら日本語訳もすぐ確認できる。韓国語を勉強している人にもおすすめ(だけど単語レベルはそれなりなので初級中級でチャレンジするとしんどいかも)。
このシリーズ、今まで19冊出ていて、装丁が一冊一冊色違い、どのカラーも可愛い。
サパにて、も面白かった、これも同じくエモドライな小説だった。
次、気になってるのはこれ。
あと今調べてて知ったんだけど、このシリーズ、音読されたYouTubeがあった。韓国語わかる人は読む前に聞いてみて、話の雰囲気掴むのもいいよね